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90年代の人工閉鎖生態系のドキュメント『Spaceship Earth』は、失敗した実験に新たな価値を見いだした:映画レヴュー - WIRED.jp

ある実験が成功だったのか失敗だったのか、それを決めるのは何だろうか。地球環境を閉鎖系で再現した1990年代の生態実験施設「バイオスフィア2」については、「無謀なものだった」との評価が常識とされてきた。

バイオスフィア2には2億ドル(約215億円)の資金が投入され、大きな注目を集めた「宇宙時代のニューエイジ」といったヴィジョンだった。そのプロジェクトは特製の巨大な温室に複数の人間を数年間閉じ込め、何が起きるか観察するという非常に大胆なもので、期待も高かった。

ところが多くの科学者はこのプロジェクトを、巨費をかけた自己顕示の行為にすぎないとして切り捨てた。専門家で構成されたアドヴァイザリーボードも、プロジェクトが厳格に実施されていないことに抗議して1年目で解散している。

1996年までにはバイオスフィア2は、パロディーのネタや、ひどい批判を込めたジョークのネタになっていた。「無駄遣い」や「愚かな行為」という言葉があちこちで聞かれ、『タイム』誌が選ぶ「20世紀最悪のアイデア」のひとつにもなった。一般的なイメージとして、バイオスフィア2は失敗だったのだ。

しかし、映画監督のマット・ウルフは、バイオスフィア2を嘲りの対象としてではなく、感嘆すべきものだと考えている。ウルフの最新作となるドキュメンタリー映画『Spaceship Earth』(日本未公開)は、このプロジェクトの名誉挽回を目指すものだ。

バイオスフィア2を開発し、当初の資金を提供したエキセントリックな団体に焦点を当てることにより、ウルフはこの実験をそれなりの成功として再構成した。そして、たとえ支離滅裂あるいは不完全な結果に終わったとしても、楽観主義がどこまで目的を達成できるか証明する作品に仕上げている。

“失敗”に終わった壮大な実験

バイオスフィア2という閉鎖された施設内では、8人の「バイオスフィリアン」たちが2年間生活することになっていた。地球を入念に再現した3エーカー(約12,000平方メートル)のドームの中で、自分たちだけでどれだけうまく生活できるか実験するためだ。

アリゾナ州オラクルにガラスと鋼鉄で建設された施設には、サヴァンナや砂漠、熱帯雨林、マングローブの湿地帯、サンゴ礁、小さな海を模倣した環境と、実際に使える農地が含まれていた。

この映画は、91年にプロジェクトが開始された日で幕を開ける。興奮した大勢の記者たちが見守るなか、4人の男性と4人の女性がステージに立ち、お揃いのつなぎを着て施設に入ろうとする喜びに満ちたシーンが映し出される。

この明るいムードは長くは続かない。数カ月も経たないうちに施設の封鎖は解かれ、物資が密かに運び込まれ、二酸化炭素が吸い出されていたのだ。実験が終了するまでに多くの植物が枯れ、動物たちが死に、昆虫がそこら中を走り回り、隊員たちは追加の酸素を要求した。

隊員たちは丸2年間やり通したものの、その期間の大部分は栄養失調になっていた。そして口論が絶えず、不潔な状態で、基本的な仕事をどうにか片付け、ダニを払いのけながら、バナナと豆で食いつないでいたのである。

プロジェクトを支えた団体の存在

ただし本作は、この問題続出のミッションが始まるまでの過程に時間を割いている。ドーム内部にすぐさま直行するのではなく、一部始終の発端となった人々である「Theater of All Possibilities」という団体を紹介するのだ。この団体は科学者によるものではなく、ジョン・アレンというカリスマ的な自称・芸術家が70年代に始めた、前衛的な演劇を目指す集団だった。

アレンの劇団は当初、アレンが設立したニューメキシコ州の生活共同体「Synergia Ranch」でひっそりと活動していた。ところが、その活動はエド・バスという人物を魅了した。環境に対する関心が高く、親族の石油事業を相続していた人物だ。

そして団体は増え続ける野心的なプロジェクトに着手するための多額の資金を、バスから得るようになった。その結果、この並み外れて活動的なコミューン主義的な演劇団体は、壮大な夢を実現したのだ。

本作には、Netflixのドキュメンタリー「ワイルド・ワイルド・カントリー」(1981年にオレゴン州の僻地に建設された宗教コミュニティ「ラジニーシ・プーラム」を扱った作品)のような方向にそれるのではないかと思わせる瞬間もある。だが、本作の制作にも参加しているアレンは、終始一貫して善意の指導者という立場を崩さない。うまくできた公認の伝記のような雰囲気がときおり感じられるとはいえ、アレンは確かに善意に溢れた魅力的な人物のようだ。

浮き彫りにされた「真の問題」

「あらゆる可能性の劇場」を意味するTheater of All Possibilitiesという団体名が示す通り、団員たちは造船の経験が一切ないにもかかわらず、自分たちの前向きな姿勢が勝利することを確信し、全長82フィート(約25m)の帆船「ヘラクレイトス号」も建造した。。ウルフ監督は進水式の実際の映像を使い、あらゆる困難をものともせず船が見事に水に浮いたときの歓喜に満ちた雰囲気を捉えている。

ドキュメンタリーの語り手としてはアレンのほか、アレンと長らく行動をともにしたキャサリン・“ソルティー”・グレイなど、Synergia Ranchで長く共同生活を送った人々が登場し、自分たちの冒険を懐かしそうに物語る。この「シナージアン」たちは自分たちでつくった帆船と、バスが提供してくれたオイルマネーのすべてを使い、欲しいものを貪欲に取り込みながら80年代を謳歌し、オーストラリアの牛牧場やカトマンズのホテルを購入するなど、さまざまな事業に手を広げた。

Four men and four women lived in Biosphere 2

4人の男性と4人の女性が2年間にわたって「バイオスフィア2」で生活した。PHOTOGRAPH BY PETER MENZEL/NEON

それらの事業のなかでも、最も野心的なプロジェクトがバイオスフィア2であることは間違いない。バスの豊富な資金をもとに、シナージアンたちはこれまでで最大の閉鎖施設を砂漠の真ん中に建設した。

ウルフの見方によると、真の問題は実験にあったのではない。実験を取り巻くメディアの報道が暴走して制御できなくなったことと、批判や高すぎる期待に対してプロジェクトが対応にしくじったことにあった。もともとは、豊富な資金を得たヒッピーの特別活動のようなものが、人間が自己完結型の生態系を1回でうまくつくり上げることができることを証明する必要があるものに変わってしまったというわけだ。

あの人物が登場したことの意味

1回目の実験に参加したバイオスフィリアンであるリンダ・レイやサリー・シルヴァーストーンなどがインタヴューに応じている。失敗した実験に関して語られる話が、全体で2時間未満のこの映画の多くを占めている。

最近のドキュメンタリー作品は、内容が無秩序に広がって長くなる傾向があり、視聴者がやや苦痛に感じる場合もある。簡潔な特別番組になるはずだった作品が、複数のパートから構成されるドキュメンタリーシリーズに引き伸ばされたりするわけだ。

しかし『Spaceship Earth』はその逆である。バイオスフィア2の物語は、Netflixのドキュメンタリーシリーズ「タイガーキング:ブリーダーは虎より強者?!」のようなシリーズ化や、派生番組の制作も容易にできたと思われるが、シンプルな1本の映画にまとめられている。

このため残念なことに、物語は不完全なまま終わっている。バイオスフィア2のことを何ひとつ知らずにこのドキュメンタリーを見た視聴者は、映画の残り15分のところで、スティーヴ・バノンが突然登場することにびっくりするだろう。トランプ大統領の前上級顧問を務め、何かと話題の多い人物だ。

バイオスフィア2のプロジェクトでバノンが演じた役割を考えると、バノンが登場するシーンは不思議なくらい大雑把である。バノンは93年にエド・バスによって雇用された。経費削減の取り組みを引き継がせるためだった。アレンのほか、1回目の実験に参加したバイオスフィリアンたちは、バノンの干渉が原因でプロジェクトから降りている。

たとえバノンが映画のインタヴューを受けることを拒否したのだとしても、彼が支配的な立場で物議を醸した時期についての資料は十分にある。理想を夢見るヒッピーたちと対照的な存在として、彼以上にふさわしい人物をスタジオでこしらえることはとてもできなかっただろう。したがって、バノンのシーンを入れたことはよく理解できる。

映画から見えてこないこと

ただし、この映画を見ただけでは、1回目のバイオスフィリアンであるアビゲイル・アーリングとマーク・ヴァン=ティロのふたりがバノンをひどく嫌ったあげく、2回目の実験中にバイオスフィア2に乱入して新しいグループに対してバロンに注意するよう警告して軽い破壊行為をはたらいた事実を知ることはできない。さらにバロンが、アーリングとヴァン=ティロに対して刑事訴訟を起こしたことを知ることもできない。

ひょっとすると、2回目の実験があったことさえ気づかないかもしれない。最初の8人が解放されたあとで起きたことについて、映画では何も触れていないからだ。

アーリングとヴァン=ティロの裁判が行われていたときのニュース報道によると、バノンは「アーリングを打ちのめしてやると誓った」ことを認めたという。語りで構成されるノンフィクション映画にはこのような材料が欠かせないはずだが、ウルフはバイオスフィア2の出来事が人々に知られているような緊張に満ちたものになった原因である「人間関係のドラマ」については、掘り下げたくなかったようだ。

最もゴシップのようになる場面は、インタヴューに登場したバイオスフィリアンたちが、メンバーのひとりだった医師のロイ・ウォルフォードについて語り、彼が極めてカロリーが低い食事を強制しようとしてほかの隊員たちをどれほど怒らせたか話すところだ。あるいはアレンが、自分を疑い始めた科学顧問について、どれほど裏切られたと感じたかについて話すところである(アレンは対立の終わりのほうで科学顧問をハグすることになるので、厳密にいえば仲違いは長く続かなかった)。

人間関係のドラマについて知りたければ、バイオスフィリアンであるジェーン・ポインターによる回顧録など、多くの機会がある。ウルフがシナージアンたちの「人のよさ」にさりげなく焦点を当てて強調したことにより、『Spaceship Earth』は意外なほど感動的な視聴体験となっている。

プロジェクトの意義

シナージアンたちは自分たちのプロジェクトの価値について、説得力のある主張を繰り広げる。バイオスフィア2の欠点は繰り返し強調されているが、その達成は純粋に印象深いものがある。

それはありきたりな科学の実験ではなく、重大な科学的観察と洞察をもたらした。例えば、サンゴ礁を調べるさまざまな方法から、豊かな土壌が大気に与える可能性のある影響の証明などだ。

アレンがエド・バスの財産の一部を浪費したのは事実かもしれない。しかし、石油事業を相続した人物が多額の金を浪費する対象としては、「前例のない生態学の実験」以上に悪質なものがたくさんあることは確実だろう。

ウルフが内部矛盾を故意に取り上げなかったにせよ、バイオスフィアを「お人よし」のように描くことで、ユートピアへの真剣なコミットメントが感じられるようになる。この作品が明らかにしたように、プロジェクトの勝手気ままで欠点のある性質は失望も生んだが、プロジェクトが生まれたこと自体は奇跡的なことであり、それは軽視されるべきことではない。

映画の終わり近く、バイオスフィア2が信用を失なったことがすでに明らかになったあとで、十分な酸素が与えられたバイオスフィリアンたちが最後の数カ月間を施設内で楽しそうに過ごす様子を、ウルフはモンタージュ構成で見せる。彼らはダンスをし、走り回り、太鼓を叩く。彼らは失敗したとは思っていなかったのだ。

「わたしの農業システムは本当によいものになり始めていたところでした。完成に近づいていたんです。物事はうまくいっていました。次に何が起きるかを見たいと思っていました」と、サリー・シルヴァーストーンは語っている。「わたしは外に出たくありませんでした」

※『WIRED』による映画のレヴュー記事はこちら

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