世の中に実在するアンテナに関する私たちの知識は、ほとんどが経験的なものだ。点電荷が電磁波を放射する仕組み(マクスウェル方程式)、整合の必要性(マイクロ波理論)、理論上のダイポールアンテナが電波を送信する原理などを大ざっぱに把握していても、アンテナ設計で実際に生じる問題を解決する上では、それほど役に立つわけではないからだ。
そこで今回は、ワイヤレス電子機器の物理的なレベルでの動作について、筆者の直観的な認識を交えてご紹介する。アンテナ設計や整合回路に関する理解が深まり、経験に基づく知見や成功事例が皆さんの役に立てば幸いである。
ここで述べることは、アンテナや整合回路の仕組みに関する厳密な理論の説明ではない。そもそも、アンテナ全般に該当する、閉形式と呼べるような放射方程式はない。たとえ一部のアンテナに適用できる方程式が得られたとしても、数学的に非常に複雑で、容易には理解できないものになるだろう。アンテナ設計は、理論的な知識よりも経験則が先行してきた分野である。このようなエネルギー変換方法の複雑さを考えれば、それもうなずけることだ。
また、ワイヤレス電子機器には物理層(ハードウェア)と非物理層(ソフトウェア)の数多くの階層があるが、このことを、エンジニアは自分が扱う範囲でしか把握しない傾向がある。整合回路やフェーズドアレイアンテナの設計といった、特化された分野に仕事が限定されている場合は、特にそのような傾向がある。筆者は、例えば非相対性速度で振動しながら放射する点電荷から、水道メーターの読み取り値をゲートウェイに送るBluetoothの通信チャンネルまで、個々の点を結び付けて全体像を示したいと考えている。
いくつかの一般的なアンテナの設計を図1に示す。
最も有名なのはモノポールアンテナだろう。かつてはテレビ電波の受信用として主流だったアンテナであり、第1世代の携帯電話や玩具にまで使用されていた。アナログ回路や無線機器のベテランエンジニアの中には、テレビ受信用として1990年代の終わりまで屋上に設置されていた八木・宇田アンテナに見覚えのある人もいるかもしれない。
経済的および機械的な理由から、現在のワイヤレス電子機器で一般的に使用されているのはマイクロストリップパッチアンテナである。最も分かりやすいアンテナは、ホーンアンテナではないだろうか。ホーンアンテナについてこれから説明するコンセプトは、他のタイプのアンテナにも当てはまるものでもある。電磁気学を理解し、少しだけ想像力を働かせれば、同じ観点で考えられるはずだ。
アンテナはエネルギー変換器の一種である。アンテナは一方で導波管から電磁波を取り込み、反対方向の自由空間に球面波を放射する。アンテナに限らずどんな電線でも、この現象はある程度生じる。基本的に電線は、それを伝わる電磁エネルギーの一部を放射するということだ。これが電気絶縁を使用する理由の一つでもある。だが、アンテナの電磁エネルギー放射について考える場合、実際に問題になるのは非常に特殊なタイプの放射、つまり実用的な電磁放射である。
2020年時点での実用的な電磁放射とは、単純に、規格(FCC、ETSIなど)により認められた周波数で振動し、その用途における目標距離を伝搬するだけの電力を有する電磁波だ。例えば、Bluetoothアンテナは数十ミリワットの電磁波を送信/放射し、この電磁波は数メートルの空間を伝搬できる。これについては後述するとして、まずは、アンテナがある特定の周波数と出力電力を備えたエネルギー変換器であるという観点で話を進めよう。
「エネルギー変換器」というのを、もう少し分かりやすく説明したい。変圧器は電気エネルギーをある形態で取り込み、それをわずかに異なった形態で伝達する。変圧器は電気信号における、電圧と電流の比率を変化させます。言い換えれば、変圧器は電気信号の波動インピーダンスをオームの法則に従って変化させるということだ。
変圧器の例として一般的なのは二重巻線型だが、これは現在でも送電網で使用されている(図2)。発電所では超高電流、低電圧の電気信号が生成される。この信号を数百キロメートル離れた地点に最小限の損失で送信するために、変圧器で波動インピーダンスを増大させる。つまり、電圧を増大させて電流を減少させる。電流が小さい方が、長距離の電線で送電される際の損失が少なくて済むからだ。
電気的な意味で、アンテナの機能は変圧器が行うことと全く同じである。図3に示したように、端部にホーンアンテナが取り付けられた直方体の導波管を見ると、アンテナが電磁波を導波管から自由空間へ放出する仕組みが分かるだろう。ホーンアンテナのラッパ型の開口部は基本的にエネルギー変換器として機能し、同軸ケーブルから導波管を通してインピーダンス50Ωの電磁波を取り込み、自由空間を伝搬する波動インピーダンス377Ωの電磁波に変換する。
アンテナは整合素子であり、導波管を伝わる電磁波を自由空間に整合させる部品である。この整合が重要なのは、変圧器の場合と同様に、導波管を伝わる電磁波が最小損失で自由空間を伝搬するにはエネルギー変換が必要だからだ(電磁波の波動インピーダンスと自由空間のインピーダンスがずれていれば、電磁波は自由空間を伝搬しない)。
電磁波の場合、波動インピーダンスは電気エネルギーと磁気エネルギーの比率で表される。自由空間の波動インピーダンスが377Ωであれば、電磁波が自由空間を伝搬するには、波動インピーダンスを377Ωにする必要がある。自由空間に関するマクスウェル方程式を解くことで、377Ωという波動インピーダンスの値を得ることができる。方程式を解く代わりに、自由空間中の電磁波における電気エネルギーと磁気エネルギーの比率を実験で測定しても、驚くほど正確に同じ値が測定される。この科学的検証は、歴史的に見てもとりわけ印象的だ。
導波管内の波動インピーダンスとして使用する50Ωに関しては、古くから50Ωがマイクロ波回路に使用される標準値になっている(75Ωやそれを超える値が使用される回路もある)。しかし、オンチップマイクロ波回路と呼ばれる現代のマイクロ波機器において、この50Ωという値を重要と考える人はあまりいない。では、この標準がどこから来たのかと言うと、かつて同軸ケーブルの設計者が最大電力処理とケーブル損失の間で妥協点をうまく見いだしたことに由来するようだ。この妥協の数字が50Ωであり、それ以来、無線エンジニアはこの性能指数を使用してきたのである(図4)。
ここで、水道メーターのデータを検知、処理してゲートウェイに無線送信するSoC(System on Chip)を開発していると仮定しよう。SoCのメモリに保持されたデータは0と1の集合で表され、それによりシーケンシャルリードが可能になり、全てのデータを送信できる状態になる。一方、アンテナはエネルギー変換器の働きをする。アンテナは電線から電磁エネルギーを取り込み、インピーダンスを変化させて自由空間に送り出す。ここで、アンテナに0と1の集合を送り込むだけでは動作すらしないのではないか、という疑問が生じる。
初期の無線通信では、アンテナ端部でオン/オフ変調信号を作り出し、その信号を別の地点にある受信機で読み取るという方法により、データを直接アンテナに送り込むことに成功した。ところが現代の電波工学では、さまざまな理由からこのようにデータを直接送り込むことは不可能である。まず、データ(0, 1のデジタルデータ)はマイクロコントローラーユニット(MCU)の動作周波数で生成されるが、これは通常数十メガヘルツである。導波管を伝わる10MHz、50Ωの電磁波を効率良く377Ωに変換するには、アンテナの長さを約15mにする必要がある。15mのアンテナが付いたスマートフォンなど想像できないように、この寸法は現代の電子機器に対しては大き過ぎる。
では、なぜそれほど長いアンテナが必要になるのだろうか。アンテナの効率を最大にするには、送信する電磁波の周波数でアンテナを共振させる必要がある。共振が起こると、電磁エネルギーはアンテナの端と端の間で振動し続けるため、エネルギーは信号源へと反射されずに、アンテナ構造に最大限保持される。このように、エネルギーを保持することで放射電力を増大させることが可能になる。だがアンテナを共振させるには、アンテナの寸法が、伝搬する電磁波の半波長に等しくなければならない。そのため基本的に、データを直接送り込む場合に使用できるアンテナの長さは、伝搬する電磁波の波長と同じスケールになる。光の速さ、伝搬する波の周波数および波長には、「光の速さ=波長×周波数」という関係がある。この関係式を用いて計算すると、アンテナ寸法が15mになるのだ。
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July 29, 2020 at 09:00AM
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