緊急事態宣言がでれば休業手当が支給されないという誤り
安倍総理の緊急事態宣言をうけて、都心にも人がまばらとなり、街の様子も様変わりした。
感染拡大防止のため、事業者へ営業自粛などが要請されたことが引き金となって、休業手当に関する労働相談が殺到してる。
緊急事態宣言をうけて急増した労働相談が、会社から政府の緊急事態宣をうけて営業停止する、休業しろと言われた。休業手当を払ってもらえるのか?、というものだ。
この記事も目的の一つ目は、休業手当に対して広まっている誤解を解くことだ(目的1)。緊急事態宣がでても、法解釈論として休業手当は支払われねばならない。
そのうえで、緊急事態宣下における政策論として、政府は速やかに使用者に対する補償をすべきと提言したい(目的2)。
緊急事態宣の要請をうけ、できる限りまん延防止に努めるのは、全ての個人・事業者にかされた社会的使命だろう。
しかし、その負担を、労働者が使用者かという二者択一で論じられるのが根本的な誤りだ。
まん延感染拡大防止に協力する使用者・労働者に対して、政府が迅速に補償をすべきなのだ。
また、筆者はこの記事を、どうすれば新型コロナウイルスまん延拡大を防げるのか、労働者のみならず事業者も含めまん延拡大防止策によるダメージを最小化できるのか、という視点で執筆しているという点も強調したい。
政府が取っている、労働者・使用者のいずれかが、新型コロナまん延拡大防止の負担を背負い込む政策は、結果としてまん延防止の効果も低くなり、経済的なダメージも大きくなる(現在の雇用調整助成金拡大などの政策は極めて不十分だ)。
労働者も使用者も、安心してまん延拡大防止に協力するためには、経済的な補償が不可欠で、十分な政府の補償が必要なのだ。
なお、この記事は、他の筆者の記事とは異なり、厚労省の行政解釈・使用者へアドバイスをするような弁護士など専門家への注意喚起をも想定して執筆したので、一般労働者を意識した平易な文章とはしていない。その点は、御容赦いただきたい。
誤った厚労省見解の流布
某新聞社が「ライブハウスや映画館などが営業停止した場合の社員への休業手当について、厚生労働省は二日、本紙の取材に「休業手当の支払い義務の対象にならない」との見解を明らかにした」との誤った記事を掲載されたことが、休業手当が支給されないという誤解が拡がった発端だろう。
結論からいえば、緊急事態宣言によって休業手当(6割)が支給されないといえるケースは殆ど存在しないと考える。
むしろ、少なくとも現状、多くのケースは営業自粛などによる場合も賃金全額(10割)が支払われるべきだ。
この点、既に国会の質疑でも、加藤厚労大臣が以下の通り、「一律に休業手当の支払い義務がなくなるものではない」と先の報道内容を明確に否定した。
以上から、休業手当支給に謙抑的(労働者に厳しい)行政解釈ですら、「一律に休業手当の支払い義務がなくなるものではない」ことは明らかとなった。
とはいえ、具体的に休業手当が支給されるのか否か、まだ不安な方も多いだろう。
休業手当(平均賃金の6割の支給)を定めた労基法26条について、最高裁判例(ノース・ウエスト航空事件最高裁判決・昭和62年7月17日)はこのように判断している。
休業手当の制度は、右のとおり労働者の生活保障という観点から設けられたものではあるが、賃金の全額においてその保障をするものではなく、しかも、その支払義務の有無を使用者の帰責事由の存否にかからしめていることからみて、労働契約の一方当事者たる使用者の立場をも考慮すべきものとしていることは明らかである。そうすると、労働基準法二六条の「使用者の責に帰すべき事由」の解釈適用に当たっては、いかなる事由による休業の場合に労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるかという考量を必要とするといわなければならない。このようにみると、右の「使用者の責に帰すべき事由」とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであって、民法五三六条二項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。
上記加藤厚労大臣が示した行政解釈とは定立する要件も異なるが(実質的な差異はないという見解もある)、三権分立の下、最終的な法令解釈の権限は最高裁にあり、厚生労働大臣に法解釈の最終的な権限はない。
重要なのは、この最高裁判決において、労基法26条の労働者の生活を保障するという趣旨から、広く使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むとされている点である。
この点をも踏まえ、一般的な判断基準としては、使用者の故意・過失または信義則上これと同視すべきものよりは広く、民法上は使用者の帰責事由とはならない経営条の障害も天災事変などの不可抗力には該当しない限りはそれに含まれる、とされている(菅野和夫「労働法」など通説)。
ちなみに、上記菅野は「民法においては『外部起因性』および『防止不可能性』の2要件を満たして使用者の責めに帰すべきではないとされる経営上の障害であっても、その原因が使用者の支配領域に近いところから発生しており、したがって労働者の賃金生活の保障という観点からは、使用者に平均賃金の6割の程度で保障をなさしめた方がよいと認められる場合には、休業手当の支払義務を認めるべき」とする(菅野和夫「労働法」11版440頁、なお最新版である12版においては表現が若干変わり上記部分の論旨が読み取りにくいため、敢えて11版を引用する。なお、改説しているとは考えない)。
これは、民法の「不可抗力」に関する加藤厚労大臣が示す行政解釈の立場(『外部起因性』および『防止不可能性』の2要件であり折衷説)にはたたず、より労基法26条を広く解している。
緊急事態宣言の場合は?
こういった見解を踏まえて、今回の緊急事態宣言の場合のどうなるのか、具体的に考えたい。
まず重要なのは、今の段階では緊急事態宣言により現実にどのような影響がでるのか不明ということだ。
多くの方は、緊急事態宣言がだされたら、あたかも法的に営業停止などが強制されるとの誤解の下、休業手当不支給もやむなしと考えているようだが、制度に対する前提理解が誤っている。
現在の段階は?
まず、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」)32条に基づく緊急事態宣言それ自体で、ライブハウスや映画館施設などへの休業は直ちに要請されない。ここでは、政府対策本部長(内閣総理大臣)が、1期間、2区域、3事案の概要を特定して緊急事態宣言をだすに過ぎない。
その後、都道府県知事がより具体的な期間や区域を定め、不要不急の外出自粛や施設の使用制限の要請といった緊急事態措置を講ずることで、休業などの要請がなされる(特措法45条、なお緊急事態宣言前の都道府県知事の協力の要請は特措法24条9項)。
だが、現時点では、緊急事態宣言はだされたが、ライブハウスや映画館等に対して、該施設の使用の制限、停止、催物の開催の制限や停止など、だされていない。
たとえば東京都の場合、現在(本記事執筆時2020年4月8日23:30現在)、緊急事態宣言をうけた東京都の緊急事態措置の内容は、以下とおり、都民に対する徹底した外出自粛の要請に過ぎない。
東京都は、「施設の使用制限等は、国が外出自粛の効果等を見極めた上で行うとしており、制限の範囲等と合わせ、今後、国と調整を進めていく」としている段階としている。
【特措法45条1項】
特定都道府県知事は・・・・・当該特定都道府県の住民に対し、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないことその他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる
要するに、現時点では、徹底した外出自粛の要請がされているに過ぎない。
この段階で、事業主が施設の使用制限など対応しても(なお、私はこういった社会的にも事業主の対応は推奨されるべき好ましい対応という意見)、自主的に対応したに過ぎない。
こういった場合、事業主には酷なようだが、使用者側に起因する経営判断に過ぎないから法的には労基法26条の支払い対償となるのは明らかだ(なお、私見ではこの場合賃金6割は当然として、10割が補償されるべきケース)。
これが、感染拡大防止に協力する使用者に対し酷に思える結果だからといって、労働者の休業手当請求を抑制するような法解釈は、法理論も政策上も誤っている。
使用者に対して、現在の政府が行っている脆弱な補償ではなく、きっちりとした使用者への補償制度を設ければ、使用者も安心してまん延防止に協力するため必要な事業をし、労働者の生活も保障されるはずだ。
使用制限など
たとえば、神奈川県は、以下の通り、既に5月6日まで施設の利用が制限されている学校を除き、「外出自粛の効果を確認しながら、クラスターの発生状況などを見極めて実施する。」とする。
そして、実施にあたっては、法第24条に基づき、施設の使用制限等の協力要請を行い、その効果を見極めながら、法第45条第2項、3項に基づく要請、指示を順次行い、その旨を公表するとする。
ここで示された法第24条、45条第2項、3項とは以下通り。
【特措法24条】
9 都道府県対策本部長は、当該都道府県の区域に係る新型インフルエンザ等対策を的確かつ迅速に実施するため必要があると認めるときは、公私の団体又は個人に対し、その区域に係る新型インフルエンザ等対策の実施に関し必要な協力の要請をすることができる。
【特措法45条】
2項 特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(略)、興行場(略)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。
3項 施設管理者等が正当な理由がないのに前項の規定による要請に応じないときは、特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り、当該施設管理者等に対し、当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
以下、具体的に見ていきたい。
要請の段階(特措法24条9項、45条2項)
上記の通り、都道府県知事は、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請をすることができる。
その場合も、要請が施設の使用や催物開催の使用の制限にとどまるのか(例:営業時間短縮など)、完全に停止までなのか、具体的な要請の中身は不確定だ(報道によれば、東京都は「10日公表し、翌11日からの実施を目指す」という)。
重要なのは、この段階でもなお、たんなる要請に過ぎないということだ。
法的に営業停止が命じられたり、強制されるような状態ではいえない。「欧米におけるロックダウンのように強制的に罰則を伴う都市の閉鎖は生じ」ない(新型コロナウイルス感染対策本部決定「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」)。
神奈川県や東京都が、今後この要請をだし、その要請に事業主がしたがったとしても、使用者側に起因する経営判断に過ぎないから法的には労基法26条の支払い対償となる(なお、私見ではこの場合、休業手当として賃金6割にとどまらず10割が支払われるべきケース)。
要請に応じない場合の「指示」の段階(特措法45条3項)
上記要請に対して、施設管理者等が正当な理由がないのに応じないときは、特定都道府県知事は当該要請に係る措置を講ずべきことを指示することができる。
しかし、この指示は、上記要請に従わない事業者全てに都道府県知事が出せるわけではない。
要件として、「まん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため特に必要があると認めるときに限り」とさらに厳格な限定がついている。
現段階では、施設の使用など停止の要請すらでておらず、さらにその先の指示がでてもいないことはしっかり確認すべきだろう(繰り返すが、だからといって私は営業自粛等を諫めるつもりは全くないし、基本的に営業等の自粛は推奨すべきとの立場である)。
そのうえで、仮に事業者に指示が出された場合でも、罰則などがないのはもちろんのこと、法的には営業停止の「命令」どころか「勧告」などすらない。使用者は、法令により、営業停止などを強制されるような状態ではないのだ。
神奈川県や東京都が、今後この要請をだし、その要請に事業主がしたがっても、使用者側に起因する経営判断に過ぎないから法的には労基法26条の支払い対償となる(なお、私見ではこの場合、休業手当として賃金6割にとどまらず10割が支払われるべきケース)。
要請・指示の公表による影響は?
とはいえ、特措法45条3項では、都道府県知事が上記の要請や指示を行った場合について、遅滞なくその旨を公表しなければならないと定める。
【特措法45条4項】
特定都道府県知事は、第二項の規定による要請又は前項の規定による指示をしたときは、遅滞なく、その旨を公表しなければならない。
これにより、公表という処分をも念頭に、私と同じYahoo!個人オーサーの倉重公太朗弁護士から、素早く以下の様な見解も示されているので詳解したい。
倉重公太郎弁護士は、労働界では知らぬ人はいない、労働問題を中心に活動する著名弁護士である。
このテーマについて、私が労働側、倉重弁護士が使用者側という立場の違いが鮮明に出ており、本件について真っ向から見解が異なっている【詳しくは、ぜひとも下記の記事をお読みいただきたい。読みやすく簡明に書かれている。私と立場は異なれど傾聴すべき見解であり、本件に関する問題の本質も明確になるはずだ】。
私は、「公表・報道され、企業の信用が棄損される可能性も高い」ことも、仮に「営業を継続することが事実上困難」とまでは言えるとしても、休業手当支給の判断における「天災事変などの不可抗力」とまではいえないと考える。
公表などにより企業の社会的な評価が下がることで、営業活動継続が「不可能」となるわけではない。
単に経済活動によって利益をあげることへの障害に過ぎず(大きな障害たり得ることは否定しない)、最高裁が示す「使用者側に起因する経営、管理上の障害」に該当する場合である。
また、上記ノース・ウエスト航空事件で最高裁が指摘する「労働者の生活保障のために使用者に前記の限度での負担を要求するのが社会的に正当とされるか」という観点からすると、新型コロナウイルスによる営業停止などで、休業手当不支給という結論は社会的に正当とはされない。収束時期が読めない新型コロナウイルスのまん延防止において、休業手当が支給されない状態が長期化する場合、労働者の生活は決定的に破壊される。休業に過ぎねば解雇されているわけでもなく、賃金が一切支払われずに労働契約は継続するのだ。
この状態において、収入が途絶えた労働者が自ら退職を選択することは可能だ。
とはいえ、その場合には労働者にはさらなる地獄が待ち受ける。使用者による解雇ではないから解雇予告手当も支払われず、自己都合とされてしまえば失業保険も待機期間が発生して直ぐには受給ができない(退職金が存在しない労働者も珍しくない)。現在の社会情勢で、他の就労先が直ぐに見つかる保障などなく、路頭に迷う労働者・その家族が続出しかねないだろう。
業種・業務内容まで踏まえて具体的に念頭に考える
さらに、労働者の業種・業務内容をも踏まえて具体的に考察すると、緊急事態宣言の要請にしたがい休業させても、使用者が休業手当の支払いを免れることはできないという結論が明らかとなる。
この点、特措法の45条2項で「多数の者が利用する施設」は使用制限や停止が「要請」できるとされ、「多数の者が利用する施設」は政令で映画館・劇場、集会場や展示場、百貨店、スーパーマーケット、ホテルや旅館、体育館、プールなどの運動施設など建物の床面積1000平方メートルを超える施設で、これに満たない施設でも特に必要と判断された場合は対象となるとされる。
上記施設はこれまで対象となるかのように誤解されているが、必ずしも全てが対象となるとは限らない。
あくまで、特定都道府県知事が「必要があると認めるとき」に要請されるのであって、その対象範囲も、内容(使用「制限」にとどまるのか、「停止」にまで至るのか)も未確定だ。
要請が一部の使用制限にとどまる場合(例えば、映画館の上映時間数や入場者数を制限する)、要請にしたがっても映画館は営業が継続している。休業が(法的にはもちろん)事実上も強いられているとはいえない。使用者側に起因する経営判断において特定の労働者に休業を命じているに過ぎず「天災事変などの不可抗力」によるとは言えないから、休業手当が支払われねばならない。
また、仮に要請があっても、要請されるのは当該「施設の使用の制限若しくは停止」であって、営業活動事態の継続停止が要請されるわけではない。
映画館において、劇場の停止がなされたとしても、他の営業活動が禁じられるわけではないのだ。海外の感染拡大・ロックアウトなどが大きく報じられる中、感染拡大が他国より遅れた日本の経営者は、それに備えて営業体制を整える経営努力をすることができた(例えば、映画館なら動画配信サービス、物品販売など)。誰もが予見できた、少なくともすべきだった状態において、一切の営業活動ができない状態を生じさせてしまったのであれば、「事業主が通常の経営者として最大限の注意を尽くしてもなお避けることができない事態」(厚労省の示す要件)とはいえず、休業を強いる事を「不可抗力」とはいえない。
さらには、映画館と一言でいっても、担当する業務はバラバラだ。営業・経理・総務などの業務を担当していれば、その業務がなくなる訳では無い。そういった業務について休業させることは、使用者側に起因する経営判断において特定の労働者に休業を命じているに過ぎず「天災事変などの不可抗力」によるとは言えない。
仮に勤務場所において施設の使用制限の要請などの影響をうけるとしても、現在はかなり多数の業種で政府が推奨するテレワークが理論上可能だ。労働生産性が落ちる可能性は否定しないが、生産性が落ちるからといってこれを選択せずに労働者に休業を強いるのは、使用者側に起因する経営判断であり、「天災事変などの不可抗力」によるとは言えない。
以上から、労働者の具体的な業種・業務などを踏まえずに、要請の対象となる可能性がある業種であるだけで、厳格な要件が定められている労基法26条の休業手当が不支給であるという結論は導き得ない。
法令上の義務・過去の行政解釈
法令上の義務履行に関連する休業については、休業手当の支払義務を否定した行政解釈(例:労基法33条2項に基づく行政官庁の代休命令:昭23年6月16日基収1935号)もある。
これを踏まえて、緊急事態宣言下においても、同様に休業手当の支給が否定されるとの見解もあるようだ。
しかし、そもそも緊急事態宣言により使用者はこれに従う法的義務など生じないのであり、法令上の義務履行と同視すべきではない。
また、仮にこれを法令上の義務履行であるとみても、たとえば「通産省の繰短勧告による休業(昭和27年5月6日基収1731号)、中小企業安定法による生産制限に原因する休業(昭30年2月17日基収826号)のように法令上の義務履行による休業であっても休業手当の支払義務を肯定した行政解釈も存在する(日本労働法学会編「現代労働法講座11賃金・労働時間」)。
労働法学においても、たとえば菅野和夫「労働法」、水町勇一郎「詳解労働法」など通説的立場の教科書においても、「監督官庁の勧告による操業停止」であっても労基26条の休業手当の支払義務を生じさせる場合として明記している。
あくまで、これまで指摘した具体的な要件を、具体的な労働者の業種・業務内容まで踏まえて検討すべきで、単に法令上の義務履行という指摘だけで、労働者の生存にかかわる休業手当支給の当否を決定することはできない。
まとめ
以上より、緊急事態宣言における要請に従い営業停止されても、労働者は休業手当を請求することは可能だ。
そのうえで、その休業手当支払いによるコストは、労働者の最低限の生活を保障するだけでなく、社会全体を新型コロナウイルスまん延から防ぐためのコストであることも改めて強調したい。
そうであれば、そのコストは、労働者でも使用者でもなく、国が最終的に負担すべきだ。負担者は労働者が使用者かという二者択一で論じられるのが根本的な誤りなのだ。
最後に改めて労基法26条の趣旨から導かれる、あるべき解釈を確認したい。労基法26条は、文言解釈だけに拘泥せず「市民社会の取引における一般原則たる過失責任を超えて・・・休業手当を支給せしめることが社会的に正当だと考えられるような事由と論定すべきであり、その社会的正当性の判断は労働法の根本的性格と日本の現実の社会的、経済的関係とに照応して決定しなければならない」(浅井清信・法律学体系、法学理論篇74「危険負担論」)のである。
新型コロナウイルスという収束時期も不明な未曾有の危機に直面する現在、多くの労働者の生活、さらには生存をも危機にさらされており、労働基準法が最低基準としてその使命をはたすべき場面である。このような社会情勢を踏まえれば、政府は使用者に対して労基法26条を遵守して休業手当の支給を促すべきであるが、さらにこれを支払った使用者に対する迅速な補償をも迅速に実行すべきだ。
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April 09, 2020 at 01:41AM
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