環境の変化で一変する日常
本当に、暴走行為を繰り返し、少年院に収容された経験があるのだろうか。新井さんの笑顔と笑いを取りながら快活に話す姿を見て、多くのひとはそう考えるだろう。
非行少年の話を聞くとき、その生い立ちのなかで、経済的に苦しかった家庭事情から始まることは少なくない。しかし、新井さんの家庭は一般的な生活水準だった。ただ、家庭環境の変化が新井さんの人生に影響を与えた可能性は否めない。
小学校一年生で京都から滋賀に引っ越すこととなり、見知らぬ土地、ひとりも友だちがいない世界に突然放り込まれる。ガキ大将的な存在で周囲に仲間がいたと思っていたが、表面的な付き合いの裏側で、「あいつをのけ者にしよう」という陰湿ないじめに遭う。
新井さんは友だちだと思っていたが、そうではなかった。その状況を親に言うことができないジレンマとストレスから、万引きを繰り返すようになった。親の財布からお金を抜き取ることもあった。ゲームセンターに行き、みんなが持っているおもちゃを手に入れれば、友だちができると考えていた。
小学校六年生の頃に両親が離婚。親戚は「お前の責任ではない」と言うが、うまく消化できなかった。遠方のサッカーチームからのスカウトがあり、その環境変化が両親離婚の直接的なきっかけだと考えていたからだ。
突然家庭が崩壊し、家庭という居場所を失った。中学に進学してもひとりぼっちであることは変わらなかった。そんな環境で、友だちがいない同士つるむ仲間ができた。彼の兄は地元の暴走族に入っていた。
自宅にも、学校にも居場所がない新井さんを受け入れてくれたのはその暴走族だけだった。家にいても苦しい、学校では疎外感に苛まれる。徐々にその世界で生きる人間を格好いいと思うようになった。
新井さんは当時を振り返り、「悪いことはしているが非行という意識はありませんでした。特に抜けたいという気持ちもない。高校は進学しましたがすぐに辞めました」と言う。
暴走族のコミュニティーこそが新井さんに安心感を与えた。そこはひとを傷つけていれば認められ、そうしなければ生きていけない。唯一の居場所を守るため、新井さんは暴走・暴力行為を繰り返した。
一度、中学三年生で少年鑑別所に入ったが、そのときは何も感じなかったと話す。所属するコミュニティの仲間も少年院に入ったりしていたため、特別な感情が湧くことはなかった。抜けたいと考えることもなかったが、それが「箔がつく」と思うこともなかったそうだ。
成人後、当時の友人と話をした際、「笑っている姿を見たことがなかった」と言われ、驚いた。
「家族に、大人に、社会に対してとにかく怒りをもっていました。暴走族にいれば、その先の世界とも必然的に関係を持たざるを得なくなります。それでも抜けようということは考えませんでした。抜けたらどうなるかもわかっていましたから」と話す新井さんは、自分が少年院に入る日が来るときまで、その人生が変わることはないと考えていた。
少年院、妹の涙と友人の死
言い渡されたのは予想以上に長い少年院の収容期間だった。暴走族でも幹部クラスであった新井さんは、警察官との小競り合いのなか、何もせずに逃げるわけにはいかなかった。
「僕の居場所、僕がいた世界は見栄と暴力でできていました。やらないといけない。そして公務執行妨害で逮捕されました。余罪もあったので少年院だとは思いましたが、予想より長くて・・・。」
標準的な少年院での収容期間は約11ヵ月、しかし新井さんはそれよりもかなり長く少年院に在院することとなる。
「無直視と反抗が少年院にいたときの僕です。早く(在院期間の)一年が終わるといいなと現実逃避をしていました。正直、自分と向き合ってはいませんでした」と在院中を振り返る。
転機となったのは家族との面会と友人の死だった。面会室に向かう廊下、遠くから妹の声が聞こえる。自分と久しぶりに会えることを喜んでいることがわかった。
「面会室で妹が僕を見るなり涙しました。早く帰ってきて、と泣き続けるわけです。自分なりに一生懸命生存しようとしていたけれど、これが自分がやってきたことの結末なのかと。」
友人の死も新井さんに大きな衝撃を与えた。暴走族同士の抗争で友人が死んだことを知り、これまで、自分の居場所、自分の世界を守るために生きてきたが、このままでは駄目だと心境が変化する。
在院中、これまで人生のアウトプットが暴力であった新井さんは父親との対話を繰り返すようになる。
「父親は毎月面会に来ました。そもそもは憎悪の対象であったのですが、少年院という場所だから落ち着いて話をすることができました。自分の気持ちを話すこと。父親の言葉を聞くこと、父親に話を聞いてもらえることができました。」
少年院での生活の中で学んだこともあった。少年院ではさまざまな資格取得を奨励しているが、新井さんもそこでいくつかの資格を取得する。出院後に活用したわけではないが、資格取得が人生で初めての成功体験となった。
また、多くの少年院では農業を通じた教育も行われている。新井さんも農作業を通じて育てたナスの美味しさを知り、仕事の喜びを知ったと言う。
他にも、これまで読書をする習慣がまったくなかった新井さんは、「本を読む」ことに目覚めた。
「少年院では意外と自分の時間があるんです。そのときハリーポッターなどを読んで、読書の楽しさを知りました。」
点と線
少年院を出院する日が決まったとき、新井さんを襲ったのは絶望であった。出院後に何をするのか、何をしたいのかが決まっておらず、強烈な不安に襲われた。
出院後、伝手を頼りに土木工事の会社に約5年務めた。順調な自立への道を歩んでいるように見えるが、新井さんの感情はまったく別のものであった。
「とてもきつい5年でした。同僚に恵まれて仕事をしていましたが、人生に希望がなかったんです。10年後も同じ仕事をしている人生が良いと思えなかったのです。」
日常生活を穏やかに送ることも簡単ではなかった。新井さんはそれを「点と線」で説明する。
「線というのは地元のように切れない縁が日常生活で続いている状態です。もう走りたくない、暴力は振るいたくない。しかし、地元で培われた関係性は見栄もつなぎ目となっており、背後霊のようについて回ってきます。そこに点として暴力をふるいそうなシーンが何度か突然降ってきます。街中で肩がぶつかって路地裏へ連れて行かれたり、ふとつまずきそうになるりました。」
非行の世界に戻るつもりはないが、いまの生活には希望がない。過去の仲間でも仕事で成功したり、大学に進学をするものもいる。そんな「よいレール」に乗った友人の存在は、新井さんの自尊心を傷つけていく。
「転職も考えました。よさそうな仕事を見つけても、よく見れば高卒からと書いてある。社会も受け入れてくれないのかと、先が見えなくなっていました。」
どうしようもなく日常に色がなくなっていく新井さんが行きついたのは地元の本屋であった。特に目的はなかったが、少年院時代に身に付けた読書が影響したのかもしれない。そこで何気なく手に取った一冊の本が『FREEDOM』(高橋歩、A-Works)だった。
そこに触れられていた「ピースボート」という活動に目を奪われた。藁にもすがる思いで資料を取り寄せた。新井さんが見つけた人生の目的だった。
「ピースボートは、ポスターを3枚貼ると1,000円割引になるんです。お金がまったくなかったので3,000枚を貼って参加しました。」
これまで家族、仕事という地元を中心としたコミュニティ内で生きてきた新井さんに、ピースボートで出会ったさまざまなコミュニティ、そこに所属するひとたちはまったく違う世界を新井さんにもたらした。
それぞれのコミュニティで、新井さんは少年院にいたことや過去のことを隠すことなく話すようにした。そして受け入れてくれた仲間のいるコミュニティの居心地のよさは格別だった。
その後、ピースボートで6年ほど働き、約50カ国を巡った新井さんは、多文化が融合する場所で暮らしてみたいとトロントに移住。そして現在はフリーランスとしてさまざまなプロジェクトをかけ持ちながら、家族とともに暮らしている。
「よく更生のターニングポイントは何かと聞かれます。そして世界一周ではないかとも言われるのですが、それは違います。どこかで突然変わるということはありません。更生という点はないんです。あるのはグラデーションがある線だけでした。僕の線を明るいグラデーション側にしてくれたのは目的や目標と、そしてひとのつながりでした。」
新井さんは、依頼に応じて講演を引き受けている。そしてご本人のブログを通じて非行時代のこと、少年院のことなども発信をしている。それは、人生の希望が見えなかった出院から5年間に、同じ境遇で豊かに生きているモデルが見つからず、辛かったからだと。それに引き寄せられるようにときどき、さまざまな事情を抱えた少年からブログを通じてメッセージをもらい、相談に乗ることもあるという。
「本人と話をするとき、そこには非行とか出院者というひとはいません。僕、であれば新井博文という人間がいるだけです。あまり支援という言葉は好きではありませんが、支援者の方々はひとり一人を見てほしいです。そして目的や目標、つながり作りなど心のサポートもしてあげてください。」
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February 26, 2020 at 10:02AM
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