トランプ大統領は2月4日夜(日本時間5日午前)に今年の一般教書演説を行う。上院が弾劾裁判を行っている最中であり、その議員たちを前にした演説になるため、今回の演説は極めて異例だ。一般教書演説は過去1年間の「国家の状況」を議会に報告し、今後1年間の重点政策課題を説明したうえで、その政策の立法を勧告する機会だが、果たして議会にどんなことを伝えるのか。特に、自分を訴追した民主党議員にどのような対決姿勢をみせるのか。その意味で、例年以上に注目度が高まっている。
(1)そもそも一般教書演説とは何か
一般教書演説(英語では、State of the Union Address)とは行政(執行)府のトップである大統領が、立法府である議会に対して、過去1年間の「国家の状況(State of the Union)」を議会に報告する機会である。今後1年間の内政や外交など重点的に取り組む政策課題を説明したうえで、その政策の立法を勧告する機会でもある。
もっと単純に言えば、今の状況を議会に説明したうえで、大統領にとって自分の政策をするために必要な根拠となる法律を議会に作ってもらうようにお願いする演説である。外交においては、大統領は比較的自由な裁量を与えられているものの、内政では自分の打ち出した政策について、大統領は常に議会の立法を待ち、立法後も議会からのチェックを常に受けなくてはならないという守勢に立つ。そのため、「お願いする」立場となる。
この一般教書演説については、日本では、首相の施政方針演説と同じように今後1年間の内政や外交など重点的に取り組む政策課題を説明する機会であるとみられている。この見方は間違っていないが、行政府と立法府の距離感は大きく異なる。
議院内閣制の日本の場合、行政(内閣)のトップである首相は議員として立法府の一員である。そのため、施政方針演説を含め、国会で発言する機会も当然ながら多い。一方、三権分立が徹底されているアメリカの場合、大統領は行政(執行)府の長としての役割に専念するため、法案の提出も採決の時の投票もできない。大統領が議場内で発言できるのは基本的には議会からの招待がなければ難しく、戦争やテロなどの国民的な突発的な事件がなければ大統領が議場内で発言するのは、1年でこの一般教書演説のみと極めて限られている。
(2)高い注目の政治ショー
その希少性のために、地上波の3大ネットワークだけでなく、公共放送のPBS、ケーブルニュース(24時間ニュース専門局)のCNN、MSNBC、FOXNEWSなどが生中継をする。時間も東部時間夜9時からのプライムタイムである。さらに中継が終われば夜の報道番組は一般教書演説を中心に展開するだけでなく、PBSやケーブルニュースでは演説の再放送も深夜まで続く。
どこの局を見ても大統領が1時間程度の演説の時間から次の朝までのテレビ番組をハイジャックするような感覚もある。ちょうど終わったばかりのアメフトのスーパーボールのような国民的イベントものであり、大統領にとっては自分の政策を国民に訴える絶好の機会である。
例年、演説そのものは大きな政治ショーでもある。近年の一般教書演説には「国家の状況は健全だ(The State of the Union is Strong)」という決まり言葉が入っており、自分の政策運営の成果としてこの言葉をどの文脈で入れるのかも演説の見どころになっている。
正面からみると、大統領の左後ろには副大統領(形上ではあるが上院議長を兼ねる)、右後ろ側には下院議長が座る。近年は政治的分極化が進んでいるため、下院多数派が大統領と同じ政党なら、下院議長も同じ政党から選ばれるため、副大統領とともに大統領の一言ひとことに立ち上がって派手な拍手をする。しかし、下院多数派が大統領と異なる政党の場合、大統領と副大統領が大喜びしている中で、下院議長が不機嫌そうに座り続けるというやや滑稽な図も一般的だ。
2018年の中間選挙で下院の多数派が民主党となったため、昨年の一般教書演説では、後ろに座る民主党のペロシ下院議長が大統領の大統領の演説に何度もあきれたような表情をしたのが非常に印象的であった。
演説の開始に合わせて出席した議員には、これから行われる演説のスクリプトが配られる。そのスクリプトをペロシ議長はつまらなそうに自分の目の前に掲げてもみたり、時には頭の上に掲げるようなこともした。時には手をかざし、「嘘を言うな」とばかり」手を左右に振るようなしぐさすらした。この記事の写真は、北朝鮮政策にふれた大統領は「私が大統領でなければ北朝鮮は火の海だった」と発言した瞬間のキャプチャー画像であり、右後ろの民主党のペロシ下院議長が大統領の演説にあきれて右手を左右に振っている。
今回の場合、大統領の上院に訴追した張本人であるペロシ氏が大統領の発言にどんなリアクションをするのか、大いに注目される。
(3)今年の注目点(1): 弾劾訴追を行った民主党議員へのトランプ氏の発言
今回の一般教書演説の最大の注目点もこの点である。弾劾裁判にかけられた。トランプ大統領が弾劾訴追を行った民主党議員と直接対峙するためだ。
弾劾訴追された大統領が弾劾裁判中に一般教書演説を行うのは今回が初めてではない。1999年の一般教書演説はビル・クリントンが弾劾裁判の最中に行われた。ただ、当時、クリントン氏の演説には弾劾についての発言が全く含まれなかった。いわゆる「大人の対応」だった。
しかし、今回の場合、トランプ氏はこれまでも「弾劾は魔女狩り」「ウクライナ疑惑で、悪いのは私ではなくバイデン親子」などと伝えてきた。一般教書演説の中でもおそらくこのような発言が含まれるとみられている。民主党側を挑発するような発言もあるかもしれない。政治的対立がこれまで以上に前面に出る一般教書演説となるかもしれない。特に秋には再選をかけた大統領選挙があるため、「民主党=悪」というレッテル張りを大胆に示すかもしれない。
このほか、国内政治、さらには演説そのものについて、注目したいのは次の点である。
- 新型コロナウイルス対策について、どれだけ踏み込んでいくか。
- メキシコ国境の壁建設について、トランプ大統領が何を言うか。昨年の一般教書演説は壁建設をめぐって大統領と民主党議会が対立し、政府機関の一部閉鎖の原因となった。その後、「国家非常事態宣言」をトランプ氏は宣言し、メキシコ国境の壁建設を進めようとしたが、予算的な問題もあり、ほとんど進んでいない。
- 規制緩和、景気、治安対策、判事任命などについて、どれだけ高い自己評価になるのか。
- レーガン氏が1980年に使って一躍有名になった「就任前の4年前に比べて、あなたは経済的に豊かになったかどうか(Are you better off than you were three years ago?)」という決め台詞が出てくるか(いうまでもなく、「もちろん豊かになった」という前提での言葉)
- ただ、いずれも支持者向けアピール点であり、議場での共和党議員と民主党議員のリアクションがどれだけ異なるのか
- ウクライナ疑惑や弾劾裁判にどのようにふれるのか。民主党からの演説への不参加者はどれだけ出るのか。
- どんなゲストを呼ぶのか。昨年のように、軍や治安責任者、さらにはメキシコやホンジュラスからの非合法移民の犯罪の犠牲者は呼ばれるか。
(4) 今年の注目点(2):様々な外交・安全保障上の政策
一般教書演説では国内政策に重点が置かれるのが常である。これは、上述のように一般教書演説の本来の位置付けに影響しているためだが、今年の場合、外交・安全保障上の政策が目白押しであり、大きな注目が集まっている。
その中でまず、世界中が注目しているのが、中東政策だろう。1月初めのソレイマニ司令官の殺害で一気に緊張が高まったイラン政策について、さらなる対応はあるだろうか。すでにあらゆる経済制裁が進んでいる中、どんな動きが盛り込まれるのかが注目される。イラン側には核濃縮を高める動きもあり、トランプ氏の演説次第では緊張状況が再び訪れる可能性がある。「世界の警察官」をやめようとするトランプ氏は中東からの米軍撤退を進めているが、イラン問題でイラクからの撤退が難しくなっているが、このあたりをどう説明するか。 シリアかやアフガン撤退に言及されるかもポイントだ。
また、どんな具体的な北朝鮮政策が演説に盛り込まるかも大きな注目点である。ハノイ会談以降、停滞している米朝関係を再び動かしていくようなヒントが演説にあるのかどうか。また、非核化への道筋を北朝鮮にどう認めさせるのか、演説の中でふれられるだろうかにも注目される。
中国とのの貿易戦争については「第一段階」以降についてどんな見通しを示すか。特に「第二段階」の争点である安全保障上の問題でもある中国のハイテク企業の知的財産権問題はでるだろうか。もし、新型コロナウイルス対策に中国からの入国制限だけでなく、企業進出や貿易制限などが入った場合、この「デカップリング」(切り離し)政策がどれくらいになるのか。
また、日本にふれることはあるかどうかにも注目したい。昨年まとまった日米貿易協定を超えるような「不公正の是正」や広範な「FTA(自由貿易協定)」をトランプ氏が要求してくるかどうか。
このほか、外交や安全保障関連で演説での注目点は次のようになる。
- ロシアはどう扱われるのか。ここ数年の国家安全保障政策では中国と双璧の「仮想的」の扱いだが、これがどう変わっていくのか。
- 新設したばかりの「宇宙軍」をどう説明するか。
(5)時代を象徴するサウンドバイトはあるか
内政外交の具体的な政策ベクトルを裏付ける、決め手となる一言(サウンドバイト)があるかないかも大いに注目される。一般教書演説に盛り込んだ大きなスローガンや「サウンドバイト」に従って、その年だけでなく、数年間にわたる政権の根本的な政策が動くことも度々ある。
サウンドバイトは、実際に時代や政策を象徴する。1996年の一般教書演説でのクリントン大統領の「大きな政府の時代は終わった(The Era of Big Government is Over)」という言葉は、民主党政権下でも規制緩和が時代の流れであるという事実をうまく表わしていた。演説以降、クリントンは実際に、均衡予算を達成するなど共和党におもねる政策に舵を切っていった。2002年の一般教書演説でG・W・ブッシュ大統領が北朝鮮、イラク、イランという3つの「ならず者国家」を形容した「悪の枢軸(axis of evil)」という言葉は、ちょうどアフガニスタン戦争が始まった直後であり、翌年のイラク戦争開始まで繰り返しメディアなどで使われた。そして、「自由と民主主義」の国際的な普及を前面に押し出したネオコン的なブッシュ外交そのものを象徴する言葉になった。
一般教書演説直後、大統領の支持率は数ポイント上がるのが一般的だが、ほんの1、2週間も過ぎれば、上昇分は消えてしまう。昨年のトランプ大統領の一般教書演説がどんなものだったかを記憶している人は日本では多くはないだろう。ただ、もし、時代や政策を簡単な言葉で説明するサウンドバイトがあれば、その内容がどうあれ、かなりの間、言及される。サウンドバイトと政策は一致するため、サウンドバイトがあれば大きな政策転換も起こっていく。
今年の演説に、時代を象徴し、記憶されるような言葉が残るのか。その点にも注目したい。
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February 04, 2020 at 08:34AM
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